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横浜地方裁判所 昭和32年(わ)1493号 判決

被告人 阿多太郎

主文

被告人を無期懲役に処する。

押収にかかる麻ロープ(昭和三十三年地領第一一九号符号一)は没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は本籍地で昼間は小学校の小使いをしながら高等学校の夜間部に通学していたが、父母は共に老令で、弟妹も多いので家計を助けるために在学中の昭和二十七年末頃福岡の陸上自衛隊(当時保安隊)に入隊し、昭和三十一年四月頃からは東京に転勤したがその間勤務ぶりも真面目で上長同僚からも信頼されていた。東京に移つてからも被告人は郷里に仕送りを続け家計を助ける一方郷里から妹弘子を呼び寄せて自分の手許から学校に通わせていたが、昭和三十二年三月頃弘子が職を求めて無断で家出して行方が判らなくなつたため弟妹思いであつた被告人は同女の身上を心配して日夜憂悶する様になつた。丁度その頃被告人は当時丁田真澄の妻であつた小林信子(当三十七年)と知り合い、同女が当時経営していた飲食店一福にしばしば行く様になつたが、そのうちに深く信子を想う様になり、遂には同女に対し、夫と別れて自分と結婚してくれと迫る様になつたが、その際同女から前記一福の経営中にできた借金が二十数万円あり、それを整理しなければ自由になれぬということをきいたので信子のことを深く思いつめていた被告人は、その借金は自分が解決してやらねばならないと苦慮する様になつた。同年五月中旬頃、被告人は現住所である東京都江東区亀戸六丁目百十番地松葉ずしこと荒井久松方の一室を間借りしてそこに移り、その頃から信子と情交関係を結ぶに至つたが、自衛隊の方は前記弘子の行方を探すために無断欠勤が重なつたことなどもあつて同年六月頃退職することになり、それからはタクシー運転手をする様になつたが、体の故障でそれも同年九月末でやめるに至つた。その間も被告人は、信子の前記借金のことを思いわずらい、自分の貯金をおろしたり、自衛隊時代の友人から借金したりなどして信子に金を与えていたが、たまたまその頃同女からどうしても支払わねばならぬ五万円の手形債務の期日が同年十月二十五日に迫つており、同女が困惑しているということをきき、これを自分が支払つてやろうと焦慮したが、すでに貯金も少くなり、職にもついていないので金策に窮した末

第一、同年十月二十一日頃睡眠薬を使つてタクシー運転手を昏睡させ、その所持金を奪おうと決意し、同日直ちに前記荒井方附近の薬局に赴きよく眠れないからと偽つて睡眠薬ドリデン、プルドン各一箱を買い求め、翌二十二日午前二時頃右荒井方附近を通りかかつた東栄自動車株式会社運転手丸山友三を乗客を装つて呼びとめ同人を言葉巧みに被告人居室に誘い入れ、用意してあつた前記睡眠薬ドリデン五錠を混入したコーヒーを丸山に飲ませた上、同人の運転する自動車に乗りこんで銀座方面に運転を命じ、同日午前二時三十分頃同都墨田区緑町二丁目附近にさしかかつた際停車させて丸山の様子を窺つたところ、同所で同人が右睡眠薬服用により車内で昏睡してしまつたので、それに乗じて同人の所持金を盗取しようとしたが、盗取を敢行する勇気が出ず、二時間余り同所で逡巡した末、遂にこれを断念して、自ら昏睡中の丸山をゆり起し以て自己の意思により犯行を中止し、

第二、翌二十三日午前零時三十分頃前同様の手段により金品を盗取しようとの決意のもとに前記荒井方附近においてチヤンピオン交通株式会社運転手市川昭二を呼びとめ、前同様の方法で睡眠薬七錠を服用させた上同人の運転する自動車に乗りこみ、世田谷方面に運転を命じ同日午前二時頃同都世田谷区玉川等々力町一丁目附近の多摩川堤防上にさしかかつた際停車を命じ、そこで市川が、右睡眠薬服用のため昏睡したのに乗じてその所持金を奪おうとしたが前回同様盗取を断念し、以て自己の意思により犯行を中止し、

第三、右犯行後まもなく市川が運転を誤つて自動車を同所附近の土手下に転落させた際、同人の隙を窺つて、市川がその場に脱ぎすてたジヤンパーポケツトより同人所有の現金一千円を窃取し、

第四、同日夜に至つて又も前同様の手段で自動車運転手から所持金を奪おうと考え、翌二十四日午前零時三十分頃、東栄自動車株式会社運転手松井光雄を前同様被告人居室に誘い入れ、飲酒させた後、酔ざましの薬と称して前記睡眠薬六錠をコーヒーとともに服用させた上、同人の運転する自動車に乗りこみ、江戸川区小松川町二丁目江戸川競艇場附近迄赴いたところ松井が右睡眠薬服用により半ば昏睡状態に陥つたので同人を助手台にのせ自ら自動車を運転して川崎市方面に赴くべく引き返しかけたところ、同所附近で松井が、どうも酔方が変だ、同じ会社の他の運転手も同様のことがあつた旨独言するのを耳にしたので、松井が前記丸山運転手と同じタクシー会社の者ではないかと気づき、このことからそれまで発覚していなかつた前記二回に亘る昏睡盗の犯行が発覚するかもしれないと考え、その防止のためには松井を殺害し、且つその上で所持金を奪つて所期の目的を達するに如かずと決意し、直ちに右自動車を運転して被告人方に立ち寄り居室に置いてあつた麻ロープ(昭和三十三年地領第一一九号符号一)を携行殺害の準備をした上で引き続き右自動車を運転して同日午前三時頃世田谷区玉川等々力町一丁目城南信用金庫運動場附近の多摩川堤防上に至つて停車し、同所で危険を感じて車外に出た松井につかみかかり土手下に転落した同人の背部に馬乗りとなつて、所携の前記麻ロープを同人の頸部に巻きつけこれを強く引きしめて絞扼したため、即時同所において同人をして窒息死するに至らしめて殺害の目的を遂げた上、死体を右自動車後部トランクに詰めこみ、これを運転して同所附近の丸子橋のたもとあたりに至り、同所において右松井の上衣ポケツトより現金千円位を取り出し、右自動車を、他日死体を遠方に運んで遺棄するために使用すべく同所道路脇に停車させておき、以て松井所有の現金一千円位および東栄交通株式会社所有の右自動車一台(価格六十万円相当)を強取し、

第五、前記の如く右松井を殺害後その死体を右自動車後部トランクに詰めこみ、これを運転して一旦前記丸子橋附近に停車させておいた上同日午後八時すぎ頃再び同所に立ち戻り右犯行の発覚をおくらせる目的で右死体を右自動車後部トランクに詰めこんだままこれを運転して川崎市、横浜市、横須賀市等を経て三浦市に至りさらに横浜市迄引き返し、翌二十五日午後五時頃同市磯子区杉田町五百三十八番地先に至り、右死体を右自動車内に入れたままこれを同所に放置して逃走し、以て死体を遺棄し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法律の適用)

被告人の判示第一、同第二の各所為はいずれも、刑法第二百三十九条、第二百四十三条、第二百三十六条第一項にあたるところ、右各所為はいずれも中止犯であるから、いずれも同法第四十三条但書、第六十八条第三号に従つて、減軽し、判示第三の所為は、同法第二百三十五条に、同第四の所為は、同法第二百四十条後段に、同第五の所為は、同法第百九十条にそれぞれあたり、以上判示第一乃至第五の各所為はすべて同法第四十五条前段の併合罪の関係に立つのであるが、判示第四の所為の罪につき所定刑中無期懲役を選択し、同法第四十六条第二項本文により他の刑を科さず、被告人を無期懲役に処することとし、押収にかかる麻ロープ(昭和三十三年地領第一一九号符号一)は判示第四の犯行の用に供したもので被告人以外の者の所有に属さないものであるから同法第十九条第一項第二号、第二項本文、第四十六条第二項但書によりこれを被告人から没収することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により被告人に負担させないこととし、依つて主文のとおり判決する。

(裁判官 赤穂三郎 村上幸太郎 亀山継夫)

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